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団地の階段で鉢合わせた下着姿の清楚妻と元ヤン妻

股間の息子が心の奥底で本当に求めているものは一体何だろうか?

それは手の届かないアイドルでもなければ、現実離れしたファンタジーでもない。

渇望していたのは、手を伸ばせば届きそうな「リアリティ」であり、生活の匂いが染みついた「生々しさ」なんよ。

その答えが、ある一つの場所に集約されることに、私は気づいてしまった。

団地

コンクリートの四角い箱が整然と並ぶ、あの風景。

少し錆びた鉄の手すり、午後の西日だけが差し込む薄暗い廊下、一段飛ばしで駆け上がった冷たい空気がまとわりつく階段、均一に並んだベランダから漂う、どこかの家庭のカレーの匂い。

それは、昭和生まれの男たちや貧乏ったれにとって、触れたことのある原風景であり、ノスタルジーそのものである。

だが、この感情は、そのノスタルジックな風景だけに向けられているのではない。

団地が胸を高鳴らせる理由は、その風景の中で息づく一点に注がれる。

そう、団地の人妻という存在にだ。

 

団地妻という「実在」への渇望

寂れた昭和の団地

団地で暮らす友達の家に遊びに行ったときに目撃した、狭いベランダへ無防備に干してあった若い母親の古臭い下着。

子供だからと油断して下着姿でうろつく生々しい光景。

冷蔵庫をから麦茶を出すときに前かがみになり、パツンと張ったスカートから透けるパンティ。

それは、彼女たちが「確かにそこで生きている」という、圧倒的なまでの実在感ゆえである。

我々が惹かれるのは、彼女たちの「生活感」そのものではなかろうか?

畳のささくれた匂い、使い込まれた小さなキッチンの油汚れ、謎のメーカーの安い菓子。その全てが、彼女が決して偶像ではなく、生身の女であることを証明する。

彼女の流す汗、日常の疲れから漏れるため息、そして、目が合った時に見せる優しい微笑み。

その全てがリアルだからこそ、股間の息子を揺さぶる。

団地妻とは、私たちの日常のすぐ隣に存在する、チンピク案件そのものなのである。

 

そんなことを本能で感じながらも、幼い私は日常の風景として気に留めていなかった。

だが、数十年の時が過ぎ、おっさんになって思い返すと胸に来るものがある。

あの困窮した生活を生き抜く母親たちの気持ちはどんなものだったのだろうか?

勝手にタンスを漁って母親のパンティをかぶった山下君を見て怪訝な顔をした後に、引きつった笑顔を向けた川本君のお母さんは何を思ったのか?

誕生日会のケーキがショートケーキなのを、私たちも何かを察して触れなかった時は、どんな気持ちだったのか?

この触れてはならないものを覗き見たいと思ってしまい、団地という響きの卑猥さに気が付いたのだ。

 

「対比」が生み出す、究極のドラマ

ベランダで過ごす違う人生を歩んできた団地妻

私はこの度、この欲求を解消するべく、新シリーズとなる「団地」を作った。

下着姿の団地の人妻をテーマに、美しさよりも生々しさに重きを置いてシコシコと作り上げた。

最終的には九龍城や共産主義国の閉鎖的な雰囲気の団地にも手を広げたいが、まずは、日本の団地をテーマに、二つの「対極の日常」を作ることにしたのである。

 

これは、同じ団地という土壌で生きる、異なる「生き様」の対比だ。

清楚と元ヤン。

陽だまりと影。

白と黒。

この異なる生き様の人妻は、決して別々の世界に生きているのではない。

同じ団地の、もしかしたら隣の棟で、あるいは上下の階で、上っ面は仲良くしつつも、お互いを嫌悪していたり、もしかすると憧れていたりして、それぞれの日常を生きている。

この共存こそが、想像力をかき立て、股間を燃え上がらせるのだ。

 

一方には、清楚な人妻がいる。

彼女は、あの質素な部屋の中で、くたびれた白い下着を身に着けて陽だまりのように静かに微笑む。

彼女が日常の装いを解き、最も無防備な使い古した白い下着姿になった時、その清らかさゆえに強烈な背徳感と庇護欲が同時に股間を刺激する。

 

そして、もう一方には、元ヤンの人妻がいる。

強気な顔、ブリーチで傷んだ髪、鋭い視線。彼女は自らの過去を隠そうともしない。

だが、その強がりこそが、彼女の魅力の核心である。

彼女たちが古い団地で必死に主婦として日常を守っている姿を想像する。

強気な顔で家計簿と睨みつけ、ピンサロのバイトをしながらも同じ手で懸命に料理を作る。

そして、彼女たちが自室でまとう、本当はサルートを買いたいけれどファッションセンターしまむらで買った、ギャル崩れの下着や安っぽい黒い下着姿。

それは、パチンコで作った借金を返済しながらも、元ヤンが過去の栄光にしがみつくアイテムであると同時に、精一杯の女としてのお洒落のつもりなのである。

私はそのギャップにこそ、本能を直撃されるのだ。

 

これは、どちらが好みかという選択ではない。

光があるから影が際立ち、影があるから光はより暖かく感じる。

この両極端な生活が、同じ「団地」というリアルな空間に存在するという事実こそが、このシリーズを開始するにふさわしいテーマなのだ。

 

清楚妻と元ヤン妻。

どちらも、困窮した生活で身なりに気を遣うことなく暮らしているが、あまりにも人間的だと思わないかい?

そんな生活の中で着用する下着を「臭そう」と一蹴して良いはずがない、その臭いは彼女たちの汗や汁がしみ込んで、年季が入っても中々捨てることができない、熟成させたワインのような香りがしみ込んだ匂いなのだ。

こんな熱い気持ちで作った、新シリーズ『団地の人妻』だが…

それなのに、★3をつけやがった者がいる。

昭和生まれは★5しか付けられないと思うのだけど、きっとこいつは、平成生まれのボンボンなのだろうと、私は現実逃避をしている。

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